サニーサークルの元気担当・あむち。
明るくハツラツとした印象とは裏腹に、幼少期から数々の苦労や努力を積み重ねてきた努力家でもあります。
今回は、そんなあむちの過去や経歴、アイドルになるまでの道のりを詳しく紹介します。
あむちのプロフィール
- 名前:あむち
- 生年月日:1998年8月13日(23時生まれ)
- 血液型:A型(AO型)
- MBTI:ENFP-A(情熱的な理想主義者タイプ)
- 兄弟:3歳上の姉が1人
幼少期|“笑わない子”と呼ばれていた赤ちゃん時代
あむちは赤ちゃんの頃、ほとんど笑わない子だったそう。
「笑っている写真が一枚もない」と家族が話すほど。
1歳の頃には、股関節脱臼の手術を経験。
ハイハイの仕方がおかしいと気づいたおじいちゃんのおかげで発覚し、手術を受けたそうです。
小さいころから活発で、母親には「性格が男みたい」と言われていたというあむち。
トーマスなど男の子が好きなものが好きなタイプだったそう。
幼稚園時代|“男の子が好き”で話題に
幼稚園の頃から男の子が好きでバレンタインを渡すタイプ。
好きな男の子と密室にこもってしまい、
「鍵を閉めて出てこない」と母親に連絡が入るほど積極的だったというエピソードも。
小・中・高校時代|努力家としての原点
「初めての夢は番長」——強さに憧れた小学生時代
小学校のころ、あむちの初めての夢はなんと**「番長」**。
男の子たちといつも仲が良く、喧嘩ごっこでは本気で殴り合うこともあったそうです。
その後、あむちはアイドルや歌手に憧れる時期もありました。
「私もステージに立ってみたい」とお父さんに話したところ、
お父さんからは少し厳しい一言が返ってきたそうです。
「お前は“歌手”にはなれない。」
その言葉をきっかけに、一度は夢を諦めたというあむち。
しかし今、サニーサークルとして活動する姿を見ると、
“遠回りしても夢は形を変えて叶う”ということを教えてくれます。
習い事漬けの毎日
小学校時代のあむちは、とにかく多忙。
スイミング、スケート、ミニバス、陸上、ピアノ、公文、塾、料理教室、家庭教師、書道、卓球…
1週間、毎日習い事をしていたそうです。
特にピアノ・書道・卓球は真剣に取り組み、書道はなんと5段を取得。
小学校から高校、専門学校まで皆勤賞という努力家ぶりも見せています。
卓球に青春をかけた9年間
小学3年生の後半から始めた卓球。
最初は負け続けて親に怒られる日々でしたが、小6の時に覚醒。
中学では関東大会で9位に入り、高校は卓球推薦で入学します。
卓球推薦で進学した高校時代|苦しみの中でも諦めなかった青春
卓球の推薦で商業系の高校へ進学したあむち。
もちろん高校でも卓球部に所属し、見事レギュラーに。
しかし、先輩たちはとても厳しく、要領があまり良くなかったあむちは次第にいじめを受けるようになります。
無視をされたり、理不尽なことを言われたり…。
心が限界に近づき、泣いて歩けなくなるほど深く悩んだ時期があったといいます。
おじいちゃんとの絆が支えに
中学2年生のときに、あむちが心から尊敬していたおじいちゃんが肺気腫(肺に穴が空く病気)で他界。
亡くなる直前まで、酸素ボンベをつけながら試合を応援しに来てくれていたそうです。
「おじいちゃんが最後まで応援してくれたから、
途中で投げ出したくなかった。」
その想いを胸に、どんなに辛くても高校3年生まで卓球を続け、
見事インターハイ・関東大会出場という結果を残しました。
母親も朝早くから車で最寄り駅まで40分かけて送ってくれていたといい、
家族の支えがあったからこそ、苦しい中でも乗り越えられたといいます。
高校3年生で初めてのアルバイト体験
高校3年生のとき、初めてのアルバイトとして蕎麦屋で働き始めたあむち。
真面目すぎる性格ゆえに、喉が渇いても「水ください」と言えず、
一度熱中症で倒れて過呼吸になってしまったこともあったそうです。
小さい頃から“頑張りすぎる性格”だったあむち。
この頃からすでに、その芯の強さと不器用さが現れていました。
卓球で育った根性と大きな声
卓球歴はなんと9年間。
「はいっ!」という返事の声がとにかく大きく、
サニーサークルのメンバーからも「運動部っぽい!」とよく言われるそうです。
努力を惜しまない姿勢やチームへの貢献意識は、この時代に培われたものです。
常に恋していた青春時代
幼稚園の頃から恋愛体質だったあむちは、
中学・高校時代も常に好きな人がいたタイプ。
「話しかけられたらすぐ好きになっちゃう」
「1か月に1回ペースで好きな人が変わってた」と笑いながら語っています。
進路に悩んだ高校時代の終わり
中学・高校時代は「特に夢がなかった」と話すあむち。
就職するか、卓球を続けるか、専門学校に行くか——。
進路に迷いながらも、
「自分をもっときれいにしたい」「新しいことに挑戦したい」という気持ちから、
美容専門学校へ進学する道を選びます。
美容師を目指して専門学校へ
高校卒業後は、美容専門学校に進学。
すぐに美容院でのバイトを始め、そこで出会った男性が、“恩師”のような存在になりました。
悪いところをしっかり叱ってくれて、辛いときにはすぐに気づいて話を聞いてくれる——。
そんな姿に次第に惹かれていき、尊敬と同時に恋心を抱くようになったといいます。
あむちは「その人みたいになりたい」と思い、毎日一生懸命バイトに通い続けました。
仕事終わりには、自分の反省点を長文のLINEで送ることもあり、それにも一つひとつ親身に返してくれていたそうです。
しかし、二人の関係が周囲に“親しすぎる”と見られてしまい、ある日オーナーに呼び出されます。
「こんなに近くにいると、彼を辞めさせるぞ」と言われたあむちは、
“彼に迷惑をかけたくない”という一心で、自らバイトを辞める決断をしました。
美容専門学校に入ってからのあむちは、毎日カットやウェーブの練習に励む日々。
「学校でいちばん下手」と言われながらも、国家試験のためにひたむきに努力を続けた。
当時交際していた“好きな人”から言われた
「お前バカだから受かんなきゃ終わるぞ」
という一言が、あむちの原動力に。
見事美容師国家試験に合格!
美容師として働くも、心が追いつかず——
その後、アシスタントとして働き始めますが、現実は想像以上に厳しかった。
朝も早く、自分の技術不足にも落ち込み、心身ともに追い詰められたそうです。
「人生で一番病んでいた」と振り返るあむち。
「何もできない」「良いところなんてない」と思い詰め、体重は30kg台に。
やがて、美容師の道を諦めることを決意しました。
目指した理由は“モテたかった”から
そもそも美容師を目指した理由は、
「モテたかった」「自分をきれいにするのが好きだったから」。
けれど実際に美容師になってみて、気づいたことがあるという。
「人をきれいにするより、自分をきれいにしたい。
髪の毛をきれいにする技術を、自分のために学びたかったんだって気づいた。」
美容師になってもモテることはなかったそうだが(笑)、
今でも撮影のたびにしっかりとヘアセットをしてくるあむちの姿から、
その経験が今も生きていることがわかります。
美容師を辞めてからの3年間
美容師を辞めたあむちは、焼肉店やアパレルなど様々なアルバイトを経験。
そこで多くの人に出会い、「自分を強くしてくれる人」に出会ったと話します。
そして、次第に「新しいことに挑戦したい」「芸能界の夢を諦めたくない」と思うようになり、
サニーサークルのオーディションを受け、見事合格!
サニーサークルで見せる“努力家”の姿
サニーサークルのメンバーたちは、
ダンスレッスン中に“運動部出身の根性”を感じる瞬間があると語ります。
その努力家の姿勢は、卓球で培った精神力の表れ。
「一つのことを頑張るのは得意だけど、一番になったことはない。
だから、今度こそサニーサークルを1番にしたい。」
と語るあむち。
あむちの想い|「頑張れば変われる」と伝えたい
「昔は“ありがとう”より“ごめんなさい”ばかり言っていた」と話すあむち。
“自分なんて…”と落ち込むタイプだった彼女は、
努力を通して「頑張れば自分は変われる」と実感したという。
「今目の前の目標におびえて前に進めない子の力になりたい。
自分を嫌う人は、たぶんずっと嫌いなまま。
だから、自分を好きでいてくれる人を大事にしたい。」
サニーサークルでの活動を通して、
かつての自分のように悩む子たちに“前に進む勇気”を伝えたいと語る。
まとめ|努力と優しさでできている“あむち”という人
幼少期からずっと努力を重ね、
どんな時も諦めずに自分を信じてきたあむち。
スポーツで鍛えた根性、
美容師として磨いた繊細さ、
そしてアイドルとしての笑顔。
その全てが今のあむちを作っています。
これからもサニーサークルとともに、夢に向かって突き進む彼女の姿に注目です。


